「よいか、者共!」 低いながらも良く通る声が、兵士達の間を駆け抜けてゆく。一際豪奢な甲冑に身を包む、この軍の将とおぼしきその老年の武者は、さらに声を張り上げた。 「相手は砦に立て籠もっているとはいえ、たかが山賊!
目に物見せてくれようぞ!」 しかし将の意気込みも空しく、兵の士気はあまりに低かった。それというのも、この砦に入り込んだ賊は、砦の強固さゆえに何人も手を出すことが出来ず、彼らはまさに『たかが山賊』に散々手を焼いていたのである。今更新たに兵を立てたところで、結果は見えているのだ。 だが、そんな兵士達の気運に気付くこともなく、総大将を命じられたその老いた武者は、彼の力を信じて討伐を一任してくれた主に感謝した。そろそろ現役の第一線から退くことも考えていた時期の命だっただけに、彼の感激は並のものではなかったに違いない。 ……が。 当然、彼は自分が捨て駒の一つでしかないことになど気付いてもいなかった。 さあ、山賊共よ。首を洗って待っているがいい。 武者は鼻息も荒く、先刻放った斥候の報告を待った。そろそろ戻って来てもよい頃である。 しかし。 「……遅い」 まさか、敵に見咎められたわけではあるまいな。 不安に駆られて、総大将はそわそわと落ち着きなく天幕の中を歩き回った。 敵に気付かれては、わしが練りに練り上げた策が台無しではないか! 彼がイライラと兜を脱ぎ、地面に叩き付けようとした時、天幕に兵士が飛び込んできた。それが先程放った斥候兵である事に気付き、悪鬼のごとき形相で詰め寄る。 「敵には気付かれなかったろうな!」 その剣幕に兵士は一瞬恐れを成したが、すぐに気を取り直し、報告を……しようとして、再び黙り込んでしまう。その顔には、困り果てたような表情が張り付いていた。 「どうした、何があったのだ」 いい加減骨の浮き出た手で兵士の肩を掴み、揺さぶる。その剣幕に、兵士は恐る恐る口を開いた。 「それが……砦に、人の気配が無いようで……」 老いの為に血の巡りが悪くなっているのだろう。斥候の言葉を聞き取ってから理解するまでに、たっぷり五分ほどの時間を費やした後で、総大将はいささか間延びした声で問い返した。 「……どういうことじゃ?」 「はあ。それが、どんなに砦に近付いても、矢の一本、声の一つも掛けられず……。どうやら、砦は既に無人なのではないかと……」 その言葉を最後まで聞かぬ内に、武者は天幕を飛び出した。馬で分け入ることのかなわぬ険しい山道を必死で這い上がりながら、彼が華々しく攻め落とすはずだった砦の前に立つ。 彼の前にそびえる強固な砦は、しかし今は守る者もなく、寒風に吹き晒されていた。 ……どうしたことだ。山賊は、どこへ逃げたのだ? 呆然と砦を見上げる老武者に、兵士の一人が駆け寄ってくる。その報告を聞いて、武者はこれ以上開きようのないくらいに見開いていた目をさらに丸くした。 まさか、そんな。 慌てて砦の中に駆け込んだ武者は、彼の眼前に広がる光景に言葉を失った。 武装を解かれ、縛り上げられている百人近い山賊達。そして壁に張り付けられた、白い張り紙。そこには、大振りな赤い文字でこう記されていた。 『紅天狗参上』――。 武者は目を剥いた。 紅天狗。 いずこからともなく現れ、戦場で一騎当千の働きをし、またいずこへともなく去ってゆく、カラス天狗の面を被った武者である。神出鬼没で、本物の天狗なのではないかとさえ言われている男。どうやら藩の味方をしているらしいが、仕官しているわけでないから、いつ寝返るかも分からない。 その紅天狗がこの砦に現れ、彼が討伐するはずだった山賊を捕らえ、名前だけを残して立ち去ったというのか。 彼は歯ぎしりをした。 この討伐で華々しく返り咲くことを夢見ていた老武者の花道を、この紅天狗とかいう輩は見事に踏み荒らしていったのだ。 これを自らの功績と偽るほどの狡猾さは、彼にはない。 「ええい、忌々しい!」 そう言って彼が張り紙に手を掛けた瞬間。 破れた張り紙から、無数の桜の花吹雪と共に、紅天狗とおぼしき若い男の、豪快な笑声が吹き出した。 何十年と、戦うことだけに明け暮れていた老年の武者には、それが闇照道の術式の一つであることなど知りようもなかった。 いや、気付こうはずもない。 彼はそこに立ち尽くしたままで、すっかり正気を失っていたのだから――。
「今頃、軍の連中は目を剥いてるぞ」 豪快に笑って、馬上の人物はその顔を覆っていた赤いカラス天狗の面を外した。 端正な顔ではある。だが、それよりもその眼に宿る鋭い光がひどく印象的だった。いまだ少年の面影を残す顔立ちの中で、その目だけは歴戦の猛将のような光を湛えている。 「紅天狗はますます有名になるね」 傍らで馬を駆る、こちらは黒い天狗の面を被る人物が、笑みを含んだ口調で応える。その乗馬には鞍も手綱もなかったが、不思議と馬は主の言うことを聞いていた。それが『式神』と呼ばれる闇照道の術式の一つであることは、見る者が見なければ到底分かるまい。本物より本物らしいその馬上で、短く切り揃えられた黒髪を、心地好さそうに風になびかせている。 「で、次はどこに行くんだ、黒天狗?」 紅天狗が楽しげに呼び掛ける。黒天狗は、少し考えてからこう答えた。 「しばらく、気の向くままに旅でもしようか」
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〈火音帝国の成り立ち〉
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紅天狗 「やっぱり旅をするからには、旅する場所のことを良く知っておかないとな。で、火音帝国ってどんな国なんだ?」
黒天狗 「……は? 自分が住んでる国のことも知らないの?」
紅天狗 「う、うるさいなあ。いいから説明しろよ。お前、そういうの得意だろ」
黒天狗 「まあ、こう見えても紅天狗よりはずっ〜と勉強してるからね。仕方ないな、僕が懇切丁寧に説明してあげよう。 『紅天狗でも分かる・火音帝国ってどんな国?』講座〜!」
紅天狗 「何か腹立つな……」
まあまあ、小さなことで怒らないの。 さて、火音帝国って言うのは、僕たちが住んでいるこの国のこと。まあ、実際は15もの藩に分かれて、それぞれが独自の政策で治めてるから、一つの国家という意識は希薄なんだけどね。 で、この火音帝国という国の礎が出来たのはいつか、っていうのは……当然、誰も知らない。そんな大昔のことを覚えてる奴がいたら、顔を拝んでみたいね。 ともかく、古文書や経典、古い遺跡などから色々な資料が出てくるんだけど、その中で最も有名なものがこの一節なんだ。
『汚れし大地、異形の化生、不浄の風吹き荒るる悪しき地に、天の帝は百八の御子を連れ舞い降りたる。 熱き閃光、猛き馬、光れし剣を持ちて汚れたる民を統べ、この地に帝の国を造り賜う』
紅天狗 「要するにすっげぇ強い奴がどこからか出て来て、国を造った、ってことだな?」
何だ、意外に物分かりがいいんだね。 で、その国を造った天の帝の血を引いているとされる『火野乃目』って人物が、今から
900年位前に、当時はまだ国家としてのまとまりがなかったその国を統一して、『火音帝国』と名付けたわけ。それを記念して、初代天帝となった火野乃目は『聖業』という年号を定めたんだよ。
紅天狗 「聖業っていうと、今も使われてるあの年号か?」
そうだよ。大昔に一度だけ、火音帝国に天帝不在の時代があったんだけど、それでも次に現れた天帝は、わざわざ使い慣れた年号を変える必要もないと、そのまま『聖業』を使い続けたんだ。以来現在まで、年号は一度も変えられたことがないんだ。 まあ、そうして火音帝国という国が造られたわけなんだけど、この広い国を天帝一人で治めるっていうのは大変だろ?
そこで初代天帝・火野乃目は、火音帝国を15の地域に分割して、中央の都を自分が、そして残りの14の地域を、大昔に天の帝が伴って来た百八の御子の末裔を名乗る14人の家臣に治めさせたのさ。 そうやって出来たのが、今も互いにしのぎを削り合っている15の藩、というわけ。まあ、初代天帝の頃には、藩主も今ほど権力を持っていなくて、ただの地方領主に過ぎなかったんだけどね。
紅天狗 「今は天帝は名ばかりで、実際は将軍職を手にした藩主が事実上の支配者だもんな」
そういうこと。で、初代天帝によって名付けられた藩名は今も残ってるよね。それが『架元』『真幌非』『炒総』『緋縞』『丹玄』『樋間』『対羽』『試戒』『天儀』『玉梓』『蕾弥』『麻並』『幹萎』『康永』『抄漸』の15藩さ。このくらいは当然知ってるよね、紅天狗?
紅天狗 「と、当然だろ(汗)」
……。 まあ、国の成り立ちが分かったら、次はそこに住む連中のことだ。人がいて初めて成り立つのが、国だからね。
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〈種族〜火音帝国の住人達〜〉
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黒天狗 「火音帝国には2種類の『種族』がある。一つは、僕たちと同じ『人間』。もう一つは、『有角』と呼ばれる種族さ」
紅天狗 「え?
でもこの前の戦では、尻尾の生えた奴や、長い爪のある奴がいたぜ。あれは『人間』でも『有角』でもないだろ?」
黒天狗 「何だよ、本当に何も知らないんだね。連中は、『人間』の間から突然生まれてくるから、種族としては確立出来なくてね。一括りに『亜種』って呼ばれてるんだよ。『亜獣』『這鱗』『三眼』が、この『亜種』に当たるんだ」
紅天狗 「あじゅ……は、はう……?」
黒天狗 「……。仕方ない、紅天狗にはもう少し勉強してもらうことにしようか」
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『人間』
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僕や紅天狗、そして火音帝国に住んでいるほとんどの住人は『人間』と呼ばれる種族だ。火音帝国に最も多く、繁殖力が非常に強い。あ、だから多いのか。 飛び抜けて力が強いわけでも、頭がいいわけでもない人間が火音帝国の実権を握っているのは、まさにその繁殖力によるんだ。他には何の取り柄もないからね。
紅天狗 「何か引っ掛かるな、その言い方」
紅天狗や僕に取り柄がないと言ってるわけじゃないよ。あくまで他の種に比べて、の話さ。 で、火音帝国にいる『一般的な』人間は、大半が黒か茶色系の髪と、黄色系の肌をしているんだけど……。
紅天狗 「俺の髪は紅だし、黒天狗は白いメッシュを入れてるんだよな」
髪の毛の染色技術は意外と進んでて、僕たちは二人とも染めてるんだよね。お陰でどこに行っても目立っちゃって……。
紅天狗 「好きでやってるんだから、いいだろ。それに、俺はお前に髪を染めろなんて言ったことはないからな」
はいはい、分かってるよ。 ちなみに、人間の寿命は一般に70歳くらいだと言われている。もっと長生きする奴も、早死にするのもいるけどね。
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『有角/ゆうかく』
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『角付』とか呼ばれることもある、頭に大きさや形、本数など様々な角を生やした種族だ。
紅天狗 「これは知ってるぞ。すっげぇ馬鹿力なんだよな」
うん、そうだね。物凄く力が強くて、か弱い僕なんかはひとひねりだよ、ほんと。 まあ、そんな風に肉体労働に向いてて、しかも人間よりも数が少ないってんで、『有角』はずっと昔に奴隷種族として蔑まれていたっていう歴史があるんだけど、それでも最近では政治に関与したり、歴史の表舞台に立つ者もいるようだよ。だからって奴隷意識が完全になくなったわけではないんだけどね。 で、『有角』の多くは部族レベルの閉鎖的な生活を営んでいるらしい。
紅天狗 「進歩がないんだな」
仕方ないよ。人間とは違う、ちょっと変わった風習なんかもあるし、人間と一緒に生活するというのは結構難しいんだ。 例えば『有角』独特の風習に、入れ墨がある。『有角』は、生まれた時に体や顔に呪いの入れ墨をするんだ。悪いものに取り憑かれたりしないように、健康に育つように、っていうことらしいね。僕に言わせれば迷信以外のなにものでもないけど。
紅天狗 「迷信でもいいじゃねえか。恰好いいんだよな、渋い一色の入れ墨」
あんたは恰好良ければ何でもいいんだね。 で、その入れ墨が恰好いい有角だけど、人間に比べると非常に力が強く、肌は浅黒い。寿命はほんのちょっと長くて、80歳くらい。変わった風習はあるけど、付き合ってみれば人間と大差ない。 これが『有角』という種族の特徴さ。
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『亜獣/あじゅう』
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人間から稀に生まれる、獣と人のあいの子のような姿をしているのが『亜獣』。もっと蔑んで『畜生』なんて呼ばれ方をすることもあるね。大体がイヌ科かネコ科で、その他の獣はほとんどいないらしいよ。で、火音帝国で最も多く見られる『亜種』が、この『亜獣』なのさ。
紅天狗 「ああ、あの猫や犬の耳とか尻尾つけて歩いてる奴らって、やっぱりファッションじゃなかったんだ」
あのねえ。大体、瞳が違うでしょ、瞳が。瞳はどう見ても獣そのものだからね。 さて、獣とのあいの子だけあって、『亜獣』は非常に素早いのが特徴。体毛や肌の色は千差万別で、混じり合ってる獣によるんだろうね。中には鋭い爪を持っている奴もいる。ちなみに寿命は人間より少し短めで、60歳くらいだそうだ。 でも、『平均寿命』となるともっとずっと若くなってしまうんだ。『亜獣』だというだけで、産まれた時に間引きに遭ったり、捨てられて孤児になったりするらしいから。当人も産んだ家族も哀れな一生を送る、なんて話は結構聞くもんね。
紅天狗 「不幸になるのは本人が悪いんだ。回りや自分の生まれのせいにするような弱さが、不幸を呼び寄せるんだぞ」
……そうだね。亜獣に産まれても幸せに生きている人はいるし、人間だって不幸な人はいるもんな。要は、その人次第ってことか。 性格といえば、亜獣は性格もやっぱり獣に似ているところが多いらしいよ。イヌ科の場合は忠義に厚く誇り高いとか、ネコ科は残忍で浮気っぽいとか。
紅天狗 「ふ〜ん。ところであの、体に鱗がある奴は、亜獣とは違うのか?」
本当に何も知らないんだな。これだからボンボンは手に負えないよ。とにかく、あれは亜獣とは違うの!
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『這鱗/はうりん』
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いいかい、獣と混じっているのは亜獣。では、爬虫類とのあいの子は?
紅天狗 「……え?」
……もういいよ、分かったよ。僕が悪かった。 亜種の中で最も恵まれていると思われる種が『這鱗』。『龍人』『鱗』なんて呼ばれることもある。当然、人間の中にごく稀にしか産まれない。簡単に言うと、爬虫類と人のあいの子だね。体のあちこちに鱗があって、退化した短い尻尾とか、あとは爬虫類そのものって感じの不気味な瞳が特徴さ。亜獣と同じで、中には鋭い爪を持っている奴もいるらしい。
紅天狗 「ところで、恵まれてるってどういうことだよ」
ああ、それはね。這鱗はそういう姿をしてるから、蛇神とか竜神の使い、なんて言われて、生まれてすぐに親元を離れて闇照道の杜とか寺なんかで暮らすことが多いんだ。神様のお使いだと思われてるんだから、当然大切に大切に育てられるわけ。そういう意味では、他の亜種ほど屈辱的な差別は受けてないってことさ。 もちろん、全ての這鱗がそんな風に暮らしてるわけではないけどね。でも、そういう育ち方をした這鱗は、やっぱり誇り高い奴が多いらしい。環境が人を作る、ってやつさ。
紅天狗 「で、特徴があるのは容姿と育ち方だけなのか?」
まさか。『這鱗』はあらゆる種の中で最も手先が器用なんだ。小手先の技では這鱗の右に出るものはいないね。姑息な技なら紅天狗が上手だろうけど。
紅天狗 「う、うるさいなあ」
ちなみに這鱗の寿命はあらゆる種の中で最も長くて、
120歳くらいだそうだ。長寿であることも、彼らが『竜神の使い』と言われる一因なんだね。
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『三眼/さんがん』
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さて、紅天狗君に問題です。額に第3の目を持ち、非常に発達した頭脳を持つ亜種といえば何でしょう?
紅天狗 「それは知ってるぞ。『三眼』だ!」
はい、よく出来ました。『三つ眼』とも呼ばれる亜種だ。でもね、実はこの額の眼には視覚がないらしいんだ。よくは分かっていないんだけど、触覚みたいなもので、脳が突起して出来たものだとか言われてる。 それから、『三眼』は色素異常を起こすことが多いんだよ。
紅天狗 「眼が赤かったり、髪が染めなくても緑だったりするやつだろ?
恰好いいよな〜」
……染める手間がなくて羨ましいとか思ってるんだろ、あんた。あのねえ、『三眼』はちっとも羨ましいことなんかないんだよ。奴ら、どんなに長生きしても30歳くらいで死んじゃうんだから。
紅天狗 「あ……そうか。頭がいい代わりに、体はめちゃくちゃ貧弱なんだよな。うん、やっぱり羨ましいのは髪の色だけだ」
……。 そう、奴ら肉体の成長は人間と変わらないか、それより劣るくらいなんだけど、精神は人間の二倍もの早さで成長するんだ。例えば10歳の三眼は、20歳の人間と同じくらいの精神年齢になるわけ。もちろん、経験は10年分しかないけどね。
紅天狗 「なるほど、だから三眼には頭でっかちのガキが多いのか」
ね、そういう風に差別を受けるわけ。 そして、亜種の中でも本当に稀にしか生まれないのか、この『三眼』なんだよ。
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種の繁殖
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紅天狗 「そういえばさっきから『稀にしか生まれない』とか言ってるが、有角から亜種が生まれたりはしないのか?」
まさか……って、おいおい、繁殖に関しては僕より詳しいでしょ?
紅天狗 「俺が詳しいのは繁殖の前段階の話だ(胸を張る)」
自慢にならないって(溜め息)。 いいかい、種族として成り立ってるのは『人間』と『有角』だって話はしたよね? この二つの種は、普通に繁殖することが出来る。 人間同士の場合はほぼ人間が生まれる。で、ごく稀〜に人間の間に『亜種(亜獣、這鱗、三眼)』が生まれるの。 有角同士なら、
100%有角が生まれる。人間と有角のカップルでは7:3で人間が生まれることの方が多いけど、やっぱり人間同士、有角同士よりは子供は出来にくいんだってさ。 ちなみに亜種は生殖能力がないに等しくて、有角と亜種、または亜種同士では絶対に子供はできないし、人間と亜種のカップルでも、ほとんど子供は生まれないんだよ。運良く生まれたとしても、
100%人間が生まれるんだ。だから亜種は種族として確立出来ないのさ。
紅天狗 「ふ〜ん。でもそれは子供が出来ないってことで、その前段階が……」
ええい、皆まで言うな! その辺は読者の皆様のご想像にお任せしなさい!
紅天狗 「読者って誰だよ?」
(話を逸らす)あ、町が見えてきたな。日も暮れてきたことだし、今日はここに宿を取ろうよ。
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〈武家〜戦いを彩る数々の門派〜〉
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黒天狗 「あれ、随分と賑やかだね。そんなに大きな町でもないのに」
紅天狗 「祭りじゃないのか? あちこちに露店も出てるぜ」
黒天狗 「そうか、そんな季節だったんだ」
紅天狗 「このところ、人里に降りてなかったからな。まあそんなわけだから、久し振りに楽しもうぜ!」
黒天狗 「え、あ、ちょっと待ってよ、紅天狗!」
紅天狗 「あんなところに人だかりが出来てるぞ。……へえ、武術大会か。面白そうだな」
黒天狗 「本当だ。偉そうなお武家もたくさんいるね」
紅天狗 「どれ、飛び入り参加でもしてやるか!」
なんだなんだ、どいつも大して強くなさそうだな。ま、俺様に勝てる奴なんかこの世にはいないけどな。 さておき、こうして俺のように武を志しているものを一括りにして、一般に『武家』と呼んでいる。大半が国や藩主に仕えている武士。残りはどこにも仕えていない浪人だ。俺様は今のところ誰にも仕えていないから、浪人ということになるな。
黒天狗 「ふ〜ん。ところで、誰かに仕えてるお武家って、普段は何してるの?」
仕えるところによって多少の違いはあるが、例えば藩主や町の領主に仕えている者は城や屋敷、町の警護や、兵士の訓練なんかが主な仕事だな。あとは名の通った道場だと武士が師範を務めてたりするが、地方の小さな道場では道場主が浪人であることが多い。人に仕えてたら、道場なんか開く余裕はないもんな。ちなみに道場を開いてる奴らは、日々鍛練に明け暮れてる、っていうのが一般的だ。
黒天狗 「そういえば道場って、具体的にどんなことを教えるところなの?」
そいつも門派や道場によって違いはあるが、大きな共通点は『技』を教えることだ。道場で教えられるこの『技』を駆使して、武家は華麗な攻防を繰り広げるんだぜ。 まあ、これだけじゃ分からないだろうからな。一つ一つ、噛み砕いて説明してやるよ。
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椚一刀流/くぬぎ・いっとうりゅう
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火音帝国に最も広まっているのが、剣術の正統門派として名高いこの椚一刀流だ。俺様も昔、この椚一刀流の道場に通ってたんだぜ。
黒天狗 「破門になったけどね」
う。黙ってりゃバレなかったものを。 まあいいか、俺様は道場なんてチンケなものの枠に収められるような器じゃないからな。 その椚一刀流の開祖は、椚柾景。道場が開かれたのが聖業42年のことだから、随分と長い歴史のある門派だな。そういう古い体質の道場だから、剣の強さは元より、礼儀作法といった余計なものまで重んじる傾向があるんだ。『礼に始まり礼に終わる』なんて、うざったくて仕方なかったぜ。
黒天狗 「そんなことだから破門になったんだ」
し、仕方ないだろ。もともと礼儀作法なんて嫌いだし、火縄も使ってみたかったし、二刀流の恰好良さに惚れ込んじまったんだから。 椚一刀流はその名の通り一刀をもって正々堂々と勝負することを旨としているために、二刀で戦うことを厳しく禁じているんだ。とにかく刀は一本で、敵と正対しなくちゃいけない。真剣勝負にそんなもの通用するわけないだろ、っての。 大体、猫も杓子も通ってくるような有名な道場だから、『級』なんて甘っちょろいものまである。木刀が構えられたら10級。そして真剣を握れるようになるのは初段だっていうんだぜ? 実戦じゃ全然使い物にならねえよ。戦場では、どこから敵が襲ってくるかなんて分からないんだからな。
黒天狗 「でも、やっぱり藩のお偉方に一番学ばれているのは椚一刀流だよね」
戦場で『やあやあ、我こそは』なんて呑気なことやってる連中にはお似合いなんだよ。俺様が得意なのは不意打ちと騙し討ちだからな。
黒天狗 「……自慢出来ることではないと思うけど」
いいじゃねえかよ、別に。 それからこれはどの道場でも同じだけど、一刀流以外の門派を平行して習うのは禁じられているんだ。多分、自分の流派の技を盗まれるのが嫌なんだろうな。 しかし、長い歴史の中を生き抜いてきただけあって、椚一刀流がやはり洗練された強い門派であることも確かだ。その使い手を敵に回すのは自殺行為と言えるだろうな。
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金秋偉流飛燕剣/きんしゅういりゅう・ひえんけん
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開祖・金秋偉英によって、聖業
136年頃に開かれたとされる門派だ。『やられる前にやれ』という考え方から編み出されたのがこの飛燕剣で、まさに燕が舞うような鮮やかで素早い剣筋が特徴だな。二刀を扱う俺でさえ、その早さには驚かされるんだ。
黒天狗 「へえ、紅天狗が認めるくらいだから、大した門派なんだね」
おうよ。俺はこういう攻撃的な門派が大好きなんだ。 でもな、昔は金秋偉流飛燕剣といえば一子相伝で、滅多なことでは習うことすら出来なかったんだぜ。だからこそ、技を受け継ぐものはそれに見合うだけの実力を持っていた、ってことでもあるんだけどな。 でも、いつの時代にも汚い奴ってのはいるもんで、その飛燕剣にも裏切り者が出たんだ。そいつは自分が受け継いだ金秋偉流の技を多くの人間に教えちまったのさ。で、飛燕剣は火音帝国の各地に沢山の分家をもつ門派に成り下がっちまったというわけ。
黒天狗 「でも、本家の金秋偉流が残っていないわけではないんでしょ?」
もちろん、本家は今も一子相伝の教えを守り抜いて、技に磨きを掛けてるって話だ。 絶対に敵には回したくない門派の一つだな。
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須沙豪剣術/すさ・ごうけんじゅつ
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須沙という名の有角の浪人が開いたとされている門派で、飛燕剣の手数の多さとは対照的に、『初刀必倒』を掲げる一撃必殺の流派だ。相手がどんなに丈夫な甲冑を着ていようと、鎧ごと一刀両断にしちまうほどの強力な一撃を繰り出してくるんだぜ。 そもそも、須沙豪剣術が生まれたとされる聖業
305年頃というのは長い混乱の時代の真っ只中で、力のある者だけが生き残ることの出来るまさしく乱世だったから、そういう土壌もこんな豪快な剣術が生み出された理由の一つだったのかも知れないな。 他の門派のような華やかさは全くないし、小手先の技も必要としないが、それだけに破壊にのみ重点を置いた恐ろしい門派ってことだ。
黒天狗 「でも、須沙豪剣術の道場ってあんまり見掛けないよね?」
まあ、『一撃必殺』『二の太刀いらず』なんて言うけど、それは言い換えれば一撃目を放った後に隙ができるってことだからな。それを考えると、やっぱりバランス良く剣術を教えてくれる椚一刀流辺りに逃げる奴の方が多いってことさ。 それでも本当の実力者は、相手がどんな奴であろうとまさしく一撃で勝負を決めてしまうんだけどな。 やっぱり、敵には回したくないぜ。
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大津流旋斧術/おおつりゅう・せんぷじゅつ
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さて、もともとはその須沙豪剣術を学んでいた大津唖兜って奴が、須沙に対抗するために編み出したとされているのが、この大津流旋斧術だ。 これがまたちょっと面白い門派で、武器を斧と棍棒だけに限定してるんだよな。
黒天狗 「へ? だって、豪剣術はもっといろんな武器を使ってもいいんだよね?
それなのに大津流はそれだけなの?」
ちっちっ。分かってねえな、黒天狗。いいか、斧と棍棒の共通点はなんだ?
黒天狗 「え〜と……。どっちも他の用途に使えて便利……とか?」
へっ、これだから素人はいけねえな。いいか、斧も棍棒も頭の方がずっと重いだろ。だからこいつを振り回してやると、どうなる?
黒天狗 「あ、そうか。遠心力が働いて……」
そう、強力な一撃を放てるようになるというわけだ。刀じゃ斧や棍棒ほどの威力は期待出来ないし、振り回すのには向いてないからな。そういう意味では、須沙豪剣術よりも創意工夫を凝らした門派と言えるのかも知れない。マイナーではあるけど、須沙に比べれば道場は多いし。それに、須沙は一撃目でミスしたらそれで終わりだけど、大津流は一撃目を外しても、その回転を次の攻撃に生かせるという利点がある。須沙豪剣術よりも隙ができにくいわけさ。 いずれにせよ、敵に回したくないのは確かだ。
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尾崎流抜刀術/おざきりゅう・ばっとうじゅつ
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須沙豪剣術や大津流旋斧術の生まれた長い乱世の時代が幕を閉じて間もない聖業
356年に誕生したのが、尾崎康治朗を開祖とする尾崎流抜刀術だ。 その剣筋は閃光が走ったようにも見え、達人に斬られた者は痛みもなく死んでいくとか言われているが、そんな達人はもちろん一握りだ。そうでない奴らに斬られれば、当然痛い。
黒天狗「ああ、話は聞いたことがあるよ。でも抜刀術って、本当は相手から剣筋を隠すのに使われた技法なんだよね」
良く知ってるな。でもそれだけじゃなく、尾崎康治朗は鞘から素早く刀を抜くことで鞘走りを起こして、斬撃の効果を強化したんだ。抜刀術の目録者ともなれば、甲冑くらい簡単に切り裂いてしまうほどの一撃を放てるって言うぜ。 敵に回すのだけは御免だな。
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榎流活人剣/えのきりゅう・かつじんけん
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聖業 780年頃、『優しき天才』と謳われた榎蒐葵によって編み出されたのが、この榎流活人剣だ。
黒天狗 「人を殺さずに勝つことを目的とした、珍しい剣術だよね?」
そう。『剣によって人を活かす』っていうのが言い分らしいが、所詮剣術は人を殺すためのものだよな。それを真っ向から否定しているのがこの門派、というわけだ。 で、そんな生温い門派だけに、剣術より精神鍛練を目的にした奴が入門してくることも多いらしいぜ。榎流の道場に通ってる人の話を聞いたことがあるが、組み手も乱取りも一切なし! 素振りや型、竹刀での練習ばっかりだって言うんだぜ。
黒天狗 「いいんじゃないの、平和的で。紅天狗みたいに血の気の多い奴には無理だと思うけどさ」
……本当に一言も二言も多いな、お前。 まあ、そんな生温い剣のどこがいいのかは分からないが、歴史が浅い割に火音帝国に広く知れ渡っている門派であることは確かだな。もっとも、道場の数に関してはかなり流動的で、平和な時代には道場が増え、乱世になると急に減るそうだ。 剣術と呼ぶには少しばかり抵抗のあるこの門派だが、やはり達人と呼べる奴と戦えば、『殺さない』ことを目的としているだけにじわじわと真綿で首を締めるような戦い方をされるからな。敵に回すのは厄介だ。
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九条流杖術/くじょうりゅう・じょうじゅつ
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聖業
170年頃、九条宗雲によって開かれたとされる、自創教の僧兵に最も広まっている流派だな。自創教の本山にも道場があり、随分と熱心に教えられているらしいぜ。まあ、自創教の本山なんて俺には縁のないところだから、本当かどうかは知らないけどな。 杖という武器の特性を活かすため『螺旋の動き』というのを重視し、攻撃よりは防御に重点を置いた門派だ。生半可な攻撃なんか、簡単に躱されちまうんだぜ。
黒天狗 「僕も知ってるよ。確か、九条宗雲は風になびく竹を見て杖術を編み出したんだよね」
ああ、そう言われてるな。何でそんなものを見ただけで杖術にまで発展するのかは分からないが、要するに、力に対抗するために力をぶつけるのではなく、『受け流す』ということを重視したんだろう。
黒天狗 「攻撃一辺倒の紅天狗とは大違いだね」
うるさいなあ。俺はやられる前にやるの。それが信条なの。 でもな、九条流は何も防御にばかり力を入れているわけじゃないんだ。防御から一転して繰り出される攻撃は、お前みたいにひ弱な奴なら一撃で二回は殺せるくらいの威力があるんだぜ。 椚一刀流に負けないくらい古い歴史をもち、全国に数多くの道場を構えている九条流だが、この手の門派の例に漏れず、礼儀作法なんかには随分とうるさいらしいな。まあ、自創教の本山にまで食い込んでるような門派なんだから、当然といえば当然か。 ともかく、こちらの攻撃をのらくらと躱しておいて、強烈な一撃を放ってくる相手だ。どう考えても敵に回すのは得策じゃないな。
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柏流槍術/かしわりゅう・そうじゅつ
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もともとは九条流杖術にその源流を汲むことの出来る、槍を主体とした門派だ。聖業
467年に、杖術の使い手であった柏昌継が開いたとされている。 杖術に流れを発するだけあって、『螺旋の動き』を基本にしているが、杖術とは反対に攻撃に重きを置いているんだ。『螺旋の動き』を生かした連続攻撃は、さすがの俺でもしのぎきれないだろうな。
黒天狗 「そう言えば、この前の戦場には槍を構えた強そうなお武家がいたけど、凄い早さで槍を振り回してたね。あの人も柏流の使い手だったんでしょ?」
ああ。ま、所詮俺様の敵ではなかったけどな。
黒天狗 「だって、あの人味方の軍だったじゃないか」
……どうしてお前はそう、言わなくてもいいことをぺらぺらと。。 ともかく、柏流の使い手といえば絶え間なく鋭い攻撃を放ってくる嫌な相手だ。敵に回すと厄介だな。
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榊流連豪槍/さかきりゅう・れんこうそう
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さて、その柏流槍術から分かれたのが、『攻撃こそ最大の防御なり』を掲げた榊流連豪槍だ。聖業
626年、榊瀬藍によって編み出されたと言われている。 九条流や柏流との最大の違いは、まさに攻撃に全てを賭けるために、敵の攻撃に対する能動的な防御を一切行わないところだ。つまり、敵の攻撃を受け流したりしている暇があったら自分から畳み掛けておこう、という実に攻撃的な門派なんだ。
黒天狗 「槍を使った飛燕剣、って感じだね」
お前、いいこと言うな。その通り、自分がやられないためにはまず敵を倒すという面に関しては、飛燕剣と考え方がよく似てるよな。 比較的新しい上に異色な門派の割には、道場も全国的に展開してるし、学ぼうとする奴も結構いるらしいぜ。 防御を顧みずにひたすら攻撃を繰り出してくる連豪槍。やはり敵には回したくないな。
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一ノ瀬流弓術/いちのせりゅう・きゅうじゅつ
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聖業 380年、弓の名手だった一ノ瀬雪篠って女が開いたとされる門派だ。この女に関しては色々な噂が残っているが、
100メートル離れたところにいる三羽の鳥を、たった一本の矢で射抜くほどの腕前の持ち主だった、とかいう伝説もあるんだぜ。本当かどうかは知らないけどな。
黒天狗 「飛び道具を主に扱った、唯一の門派なんだよね」
女が刀や槍を持って大立ち回り、というのは体格的にも男に比べて難しいからな。そこへいくと、弓は力のない者でもそれなりの威力を得ることが出来る。開祖が女だったというのも、自分の力の不足分を十分に補える武器だった、というのが大きかったのかも知れないぜ。 そういう門派だから、一ノ瀬流には女の通う姿も結構見られるんだ。他の道場では女が一人もいなくて当たり前なのにな。羨ましい限りだぜ。 それから弓を扱うだけあって、一ノ瀬流の道場は他の門派とはかなり異なっていて、広い的場があり、そこで弓矢の練習をするようになっているんだ。他の武器はともかく、弓は互いに打ち合ったりなんか出来ないからな。 また、一ノ瀬流は女性が開祖だけあって、礼儀作法なんかも厳しく教えていることで有名だ。そういうことが目的で通ってくる奴も結構いるらしいが、やはり強い奴は強い。弓の使い手だから接近戦には弱いはず、なんて高を括ってると、痛い目を見るんだぜ。 一見優美で女性的だが内実の伴った一ノ瀬流弓術。どんな距離からでも確実に攻撃を仕掛けてくる奴を敵に回すのは御免だな。
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長谷部流鎖鎌/はせべりゅう・くさりがま
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鎖鎌というかなり特殊な武器を用いているのが、この長谷部流鎖鎌だ。 そもそも、開祖である長谷部宗賢によって発明された鎖鎌という武器を、より有効に用いる方法を求めたのがこの門派なんだ。初めて道場を開いたのが聖業
831年と、歴史は浅いものの、全国に道場を展開してるんだぜ。
黒天狗 「マイナーだけどね」
まあ、それは仕方ないんじゃないか。世の中の武士共は、刀や槍が武器の全てだと思ってやがるし、鎖鎌は使い方も形も特殊だから、とっつきにくいのさ。でも、使う奴が使えばこんなに強い武器はないんだぜ。
黒天狗 「そうか。鎌でも、分銅のついた鎖の方でも戦えるもんね」
達人の域に達すれば、頭の固い椚一刀流なんかじゃ、とても敵わないだろうな。新しい門派というのは、それだけ他にはない強さを求める努力をしているからな。 どう攻めて来るか予想のつかない、厄介な相手だ。敵に回すのは愚策って奴だな。
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火乃神流柔術/ひのがみりゅう・じゅうじゅつ
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聖業
238年、火乃神一連によって開かれた、己の肉体を最大の武器とする門派で、柔術の名に恥じない、組む、打つ、投げる、何でもありの総合格闘術だ。
黒天狗 「格闘を主とした門派の中でも、もっとも長い歴史を誇っているんだよね」
そう、その長い歴史を一時たりと無駄にせず発展に努めてきた門派だ。門派としての派手さがあるわけでもなく、修行も厳しいらしいが、その多彩な技は決してあなどれないんだ。 歴史ある門派だけあって、かつてはかなり門戸が狭かったらしいが、今では全国にその道場を見ることが出来る。 鍛えられた肉体から繰り出される技は、獰猛な獣でも簡単に締め上げてしまうとされる火乃神流。敵に回すのはやめた方がいいな。
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八神流合気術/やがみりゅう・あいきじゅつ
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さて、その火乃神流柔術から分かれたのが、防御を主体とした投げ技を発展させた、八神流合気術だ。聖業
360年頃、開祖の八神晴宗によって開かれたとされているが、詳しい経緯なんかは謎に包まれているそうだ。
黒天狗 「榎流活人剣と同じで、争いを否定してるんだよね」
そうそう。『真の兵は戦う前に勝つ』ってな。でもな、活人剣と異なるのは、八神流は敵の攻撃の勢いを利用して、自分の攻撃に転じてしまうところなんだ。達人ともなると、相手に一度も体を触れさせずに倒しちまうんだぜ。
黒天狗 「防御に重点を置いた、護身術って感じかな?」
護身術なんてものじゃないさ。相手が攻撃を繰り出してきた一瞬の隙をついて、確実に敵を沈めちまうんだからな。 どんな攻撃も簡単に受け流されて、逆に一発食らわされちまう、嫌な相手だ。敵に回しちゃいけないな。
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犬飼羅心流徒手空拳/いぬかいらしんりゅう・としゅくうけん
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己の肉体を武器とする門派の中では最も新しく、また最も広く門戸を開いているのが、犬飼羅心流徒手空拳だ。火乃神流柔術に対抗するために編み出された、打撃を中心とした門派だな。犬飼六世によって、聖業
498年に開かれた。
黒天狗 「殴ったり蹴ったり、火乃神流に比べると凄く派手なんだよね」
そうだな。犬飼羅心流は手足による打撃を生かした素早い攻撃が特徴なんだ。でもそれだけじゃなくて、火乃神流にも負けないくらいの多彩な技がある。歴史と格調ある火乃神流のライバルを名乗るに不足ない門派といえるだろうな。 いずれにせよ、敵に回すと厄介な相手であることは確かだ。
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黒天狗 「これで、火音帝国にある門派は全部だよね?」
紅天狗 「ふっふっふ。甘いな、黒天狗。この火音帝国にはまだあと二つ、有名な門派があるのさ」
黒天狗 「へ?」
紅天狗 「まあ、今は受け継ぐ者もなくて滅びたとされてるけどな」
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蛇行剣/だこうけん
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聖業 555年頃に現れ、妖術使いとまで噂された櫛華蛇洸影柚が編み出したとされる剣術が、この蛇行剣だ。
その名も蛇行剣と呼ばれる、刀身がうねった奇妙な形の剣を用いていたとされており、そのことから剣術自体も蛇行剣と呼ばれるようになったんだ。 その蛇行剣を片手に握り、空いているもう一方の手で相手を幻惑しながら、隙を突いて倒す。これが基本的な戦い方らしいぜ。
黒天狗 「何となく卑怯な気がするんだけど」
あのなあ。戦いに卑怯もクソもあるか。確かに御前試合なんかでやっていい戦い方ではないだろうが、命を賭けた戦いの場で、正々堂々と戦うことを美徳とする方が間違ってるんだ。 ……と弁護はしてみたけど、実際に蛇行剣がどんな門派で、櫛華蛇洸影柚って男がどんな奴だったのか、何一つ分かってないんだよな。ただ、本当に妖術としか思えない強さだけが噂になり、もともと謎に包まれていたこの門派をますます包み隠している部分はある。櫛華蛇洸影柚にしても、人間性の欠けた妖怪のような奴だとか、見るもおぞましい姿で奇妙な声を発するとか、化け物じみた言われ方をしているからな。 本当にそんな門派が存在していたのかどうかさえあやふやな、伝説の剣術。それでももし、この蛇行剣を受け継いでいる者がいたとしたら、まさに妖術師と剣を交えるようなものだろうな。 敵に回るのは御免被りたい。
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架元瀧波流/かげんそうはりゅう
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聖業
410年。鬼才と呼ばれた萩原八司が開いたとされる、伝説の二刀流だ。 刀を扱う時には両手で一刀が基本だが、両手で一対の刀を持つという異端の門派が、火音帝国に初めて姿を現した時でもあったんだ。 当時から幅を利かせていた椚一刀流は二刀を認めていないから、躍起になって架元瀧波流を潰しに掛かった。だがその度に、ことごとく八司の返り討ちに遭ったんだ。名だたる椚一刀流の使い手が八司の前に破れるにつれ、萩原八司の不敗伝説が持ち上がり、それがますます椚一刀流の奴らの神経を逆撫でたというわけだ。 だがさしもの鬼才も、病魔には勝てなかった。結局八司が病で没したのを機に、椚一刀流は総力を上げて八司の残した架元瀧波流の道場を潰しに掛かったんだ。八司を失った架元瀧波流に、もはや椚一刀流に立ち向かう力はなかった。結局、初めて道場が開かれてから15年後の聖業
425年に、架元瀧波流は完全にこの世から姿を消してしまったのさ。
黒天狗 「椚一刀流の、最も後暗い歴史だよね。架元瀧波流に取って代わられるのを恐れてのことだ、とも言われてる」
そうだな。でも結局は、自分の後を継ぐだけの弟子を育てることが出来なかったのが、萩原八司という男の限界だったのかも知れないぜ。 だが、もし架元瀧波流の奥義を受け継ぐ者がいたとしたら、俺が頭を振り絞って編み出した二刀流との違いを見せつけられることになるかも知れない。 戦ってみたくはあるが、やはり敵に回るのはご遠慮願いたいぜ。
黒天狗 「ふ〜ん。ところでさ、紅天狗」
紅天狗 「何だ?」
黒天狗 「結局、誰とも戦いたくないんだね」
紅天狗 「……」
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〈自創教〜火音帝国の国教〜〉
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黒天狗 「さすがは紅天狗。飛び入りで武術大会優勝だもんな」
紅天狗 「当然だぜ。この世に俺様の敵わない奴なんか、たまにしかいないんだからな!」
黒天狗 「(そりゃあ、卑怯技のオンパレードだもんな)」
紅天狗 「何か言ったか、黒天狗」
黒天狗 「べ、別に何も。あ、あんなところに人だかりが」
紅天狗 「お、なんだなんだ?」
黒天狗 「(良かった、単純な人で)えーと、黒い着物にお線香の匂い……。お葬式、かな?」
紅天狗 「何だよ、縁起悪いな〜」
黒天狗 「でも大変だよねえ、自創教(じそうきょう)のお坊さんも。祭りの日でもお葬式があればかり出されてしまうもんね」
紅天狗 「仕方ねえだろ。葬式は自創教の仕事の一つだからな。そう言えば、自創教って宗教だよな?
一体どんな教えなんだ?」
黒天狗 「……一応国教なんだぞ。普通は知ってるよ、そのくらい」
いいかい、自創教の歴史ははるか初代天帝の時代までさかのぼるんだよ。 火音帝国建国後間もない頃には、数えきれないくらいの異教が存在していたんだけど、その中で着実に信仰を広めていったのが自創教というわけさ。聖業27年に、自創教は正式に国教として認められているんだ。 自創教の開祖である聖宗葵白扇は『自らを創造する』『自然を創造する』という教えを根幹とし、それを経典にまとめて布教を始めたのさ。 でもね、そんな自創教がさして労することもなく火音帝国全土に広まり、国教にまでなった影には、初代天帝の後ろ盾があったからだとも言われているんだよ。まあ、真偽のほどは分からないけどね。
紅天狗 「宗教なんてそんなものだよな」
まあね。そんな背景がありながらも、自創教は表立って国家に関与することはない、という立場を保ち続けているんだけど、歴史を紐解いてみれば、どこの国にも必ずと言っていいほど、自創教の名が表舞台に現れるんだよね。結局、国としては自創教という組織力と、僧侶達が学ぶ『法術』の力を利用したかったんだろう。 本当なら、そういった事態は本山である白羅山において自創教の寺を総括している大僧正が戒めるべきなんだろうけど、現在の大僧正である栄秀院堂恭は見て見ぬふりをしているらしい。
紅天狗 「俺は自創教の腐った体質に興味はない。それよりも、『法術』ってなんだ?」
自創教では自らの内にある『気』を『法力』と呼ぶんだけど、これを修練によって高め、『法力』の力を引き出す術が、『法術』と呼ばれるものさ。
紅天狗 「???」
要するに魔法みたいなものだよ。で、この法術を使うのが得意な坊さんを『法力師』、武器を操るのが得意な坊さんを『僧兵』って呼ぶんだ。
紅天狗 「で、その法術っていうのは、その辺の寺に行けば習えるのか?」
そんなわけないだろ。法術を身に付けたい者は、架元の北西に位置する白羅山にある総本山に出向かなきゃ行けないんだ。でもその修行は過酷で、これをクリアした者だけが法術を学び、相応の位をもらうことが出来るんだよ。ここでいつまでも落第ばっかりしているような奴は、出世できないというわけ。宗教に出世、っていうのもおかしな話だけどね。 また、様々な事情で本山に出向くことが出来ない場合でも、本山の認めがあれば自創教の寺で法術を学ぶことは可能だ。ただし、この認めを得ることの方が本山に出向くより難しいとも言われている。 それから、たま〜にモグリで法術が使える坊さんもいるらしいけど、やっぱり腕のいい僧侶に習わないと、法術を使うのは難しいらしいよ。
紅天狗 「そうか〜。法術も使えるようになれば、恰好いいと思ったのにな〜」
あのねえ。そんなに簡単に、法術なんて危険なものを教えてくれるわけないでしょ。力は使い方を誤ると大変なことになるんだから。
紅天狗 「いいじゃないか、ケチケチしなくたって」
……紅天狗みたいなのがいるから、本山でしか教えないんだよ、きっと。 さて、その自創教だけど、長い歴史の中で少しずつその教えも変化を続けているらしいんだ。 『自らの中に仏がいる』という開祖の言葉を後世の者が勘違いして、白扇が仏そのものだと思い込み、寺の本堂に白扇の像を祭るようになった、というのがその顕著な例だ。白扇はそういう意味で言ったんじゃないだろうけど、上の方の人間が、宗教を広める上での偶像の利用価値を優先した結果だともされてるね。 でもまあ、今も昔も変わらないのは、聖人白扇が死後に行ったとされている聖国に赴くために、日夜厳しい修行の中に身を置いている、ってことかな。
紅天狗 「聖国?」
徳の高い者や、自己の鍛練を怠らなかった者だけが死後に行けるとされている、幸せに満ちた国のことさ。まあ、実際に見て戻ってくる奴なんかいないから、本当のところはどうだか知らないけどね。所詮、人間は死んだらそれで終わりさ。
紅天狗 「そりゃそうだ。生きてる内の修行は、生きてる内にしか役に立たないからな」
そうそう。で、その修行の一貫として、また布教活動や日々の糧を得るために、自創教の僧侶は人の怪我や病を治したり、場合によっては妖怪退治なんかも行っているそうだよ。 でもまあ、どこの世界にも馴染めない奴ってのはいるもので、教えが気に入らなかったり、疑問を感じたりして、道を外れてしまう者も多々いるようだ。そういう連中は『破戒僧』と呼ばれて、自創教を破門になったり、自ら抜けたりするんだよ。『自らを創造する』って教えなんだから、『道を外れる』ってのも何か変な話だけどね。
紅天狗 「道なんて、誰かが定めるものじゃない。自ら求めるところに道は出来るんだ!」
黒天狗 「さすが、破門者は言うことが違うね」
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| 〈闇照道〜華麗なる魔導士達〜〉 |
紅天狗 「あ〜あ、すっかり辛気臭くなっちまったな」
黒天狗 「あれ、あそこにもまだ人だかりが」
紅天狗 「おいおい、また葬式かよ。勘弁してくれ」
黒天狗 「違うよ、ほら。闇照道(あんしょうどう)の恰好した人が真ん中にいるでしょ」
紅天狗 「そうだな。でも、何で闇照道がいるんだ?」
黒天狗 「……祭りを取り仕切るのは闇照道の仕事。これは火音帝国に住んでいる者にとっては基礎知識のはずだけど?」
紅天狗 「う(汗)。と、ところで闇照道って、本当のところどんな組織なんだ?」
黒天狗 「まあ、そこは闇照道の一員である僕が紅天狗にも分かるように詳しく説明してあげよう」
闇照道というのは、かつて火音帝国最強の魔導士と呼ばれた宗孔師桜剴が聖業
421年に興した、術式、簡単に言うと魔法の道場なんだ。 それまで闇照道……まあ、そう呼ばれるようになるのは聖業
421年以降のことなんだけど、その使い手達は組織に縛られることなく、自由気ままにしていたんだ。でも、奴らがあまりに勝手なことばかりするものだから、時の天帝燈竜が桜剴に頼み込み、闇照道という組織の下に術式の使い手達をまとめさせたのさ。
紅天狗 「闇照道って、意外に新しい組織だったんだな」
術式自体はずっと昔から存在していたんだけど、それを闇照道という組織の下に統合し、系統立ててまとめたのは桜剴だったからね。桜剴は『闇を照らす道を探る』という教えの下に、全国に散らばっている使い手達をまとめていったんだよ。 そしてこれを機に、桜剴は闇照道の術式を学ぶ施設を各地に作ったんだ。それが今でも『杜』と呼ばれている、あれさ。闇照道を学ぼうとする者は、基本的にこの杜の中で生活するんだ。その住居となる建物が、杜の中にはいくつか建てられているんだよ。
紅天狗 「知ってるぞ。その建物を『社』って呼ぶんだよな」
ご名答。この杜の中にある社で、闇照道の教えを学びながら、場所によっては何十人という使い手が生活してるんだ。 でもね、ここからがちょっと不思議なところで、桜剴は全国に数えきれぬほど作られたこの杜を一つにまとめようとはせず、藩毎に統率するだけにとどめたんだ。だから闇照道には自創教のような本山、本家はないんだよ。
紅天狗 「へえ。でも、何で一つにしなかったんだろうな」
さあね、彼なりの理由はあったんだろうけど。杜同士の切磋琢磨を狙ったとか色々言われてはいるが、実際のところは誰にも分からない。 ちなみにどんな杜でも、杜の主は『祭主』と呼ばれるんだ。そして術式を駆使して戦うことが得意な者を『式打』、防御を得意とする者を結い師、吉凶を占うことを主にしている者を『言伝師』と呼ぶんだよ。
紅天狗 「黒天狗はどれなんだ?」
僕は占いや幻影を操るのが一番得意だから、『言伝師』かな。でも杜を捨てている以上、僕も『外道師』って呼ばれるのかも知れないけど。
紅天狗 「外道師?」
闇照道の術式の中でも使ってはならないときつく戒められている術、例えば人を呪い殺す『厭魅』や、生き物の怨念の力を利用する『蠱毒』という外法を使う者や、杜を捨てた者、教えに反した行いをする者のことを一括りにそう呼ぶんだ。僕は外法を使いはしないけど、個人の利益のために闇照道の術を用いていることは確かだからね。
紅天狗 「ふ〜ん、そんなものなのか。ところで、その『厭魅』とか『蠱毒』は普通に闇照道の杜で教えてるんだろ?
禁じるくらいなら、最初から教えなければいいのにな」
仕方ないんだよ。『厭魅』や『蠱毒』の知識がなければ、それを防ぐことは出来ないだろ? 少なくても、その知識だけは継承していかなきゃいけないからね。結局いたちごっこになってしまうのさ。 そんな問題を抱えながらも、闇照道の杜は現在火音帝国の至る所に存在し、本家や元祖を名乗り出ているところも多いようだね。勢力は各藩とも均衡を保っているようだし、闇照道の組織同士がぶつかりあうということは今のところないようだ。もっとも、そんな事が起こったら大変だろうけどね。 それから闇照道は自創教と違って、国家に関わることを否定してはいないんだよ。藩に召し抱えられてる闇照道の主な仕事は、吉凶を占ったり、魔を払ったりすること。政治に関わる者も最近では増えてきたらしいよ。有名なところでは架元の封龍鬼遍も、闇照道の使い手ながら国家の要職にある一人だ。 そんな風だから、藩と闇照道は持ちつ持たれつ、互いに過干渉のないように微妙な関係を保っているんだよ。
紅天狗 「で、政治に関わらない普通の闇照道は普段何をしてるんだ?」
そうだねえ。基本的には杜の中で修行に明け暮れ、杜の外にいる者は困った人の手助けや、妖怪退治なんかをして糧を得ている者が多い。あとは祭事の総括。春先の豊作祈願や秋の収穫祭など、大きな町から小さな農村まで、あらゆるお祭りのまとめ役は闇照道が引き受けているんだよ。もっとも、土着信仰と混じり合って独特の雰囲気になることが多いんだけどね。
紅天狗 「へえ。そう言えば、闇照道というと妖怪退治のイメージが強いけど、どうしてなんだ?」
それはね、『闇を照らす道を探る』っていう桜剴の教えに端を発するんだ。結局『妖怪=闇』っていう単純な公式が受け入れやすかったんだろう。奴らは桜剴が妖怪退治のために術式を使うよう言い残したんだと信じたのさ。
紅天狗 「なるほどなあ。で、術式って?」
……。最初にも説明したけど、簡単に言えば魔法みたいなものさ。この術式を使うことを『式を打つ』とか『式を敷く』とか言うんだ。
紅天狗 「闇照道は自創教の法術と違って、最初に符を作っておくんだよな」
そうだよ。基本的には紙切れに様々な効果を封じておいて、それを使って力を引き出すんだ。この紙切れのことを『符』と呼ぶんだよ。ちなみに、夢占のように符を必要としないものもあるけど、こっちはその代わりに一定時間の儀式が必要なんだ。
紅天狗 「ふ〜ん。やっぱり、覚えるのは難しいのか?」
まあ、紅天狗みたいに単純で物覚え悪くて短気で大ざっぱな奴には、百年かかっても無理だと思うよ。
紅天狗 「ぬ・ゎ・ん・だ・と〜!?(怒)」
あ、し、しまった! しかし、いつでも沈着冷静な僕は慌てない。ここは式神に乗って上空に逃げよう。 いやあ、闇照道の術式は便利だなあ。
紅天狗 「待て〜!!(怒)」
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| 〈忍び〜闇を行く者〜〉 |
紅天狗 「くそ〜、どこに逃げやがったんだ、黒天狗の奴。(キョロキョロ)……そう言えば、ここはどこだ?
(青ざめて)これは……あまり考えたくはないが……」
謎の男 「道に迷ったな」
紅天狗 「うるせえ! って、お前誰だ?」
謎の男 「ふふ、貴様が紅天狗だな?
我が主命により、その命頂きに参った。覚悟!」
紅天狗 「ちっくしょ〜、てめえ忍びだな!?」
謎の男 「む、なぜそれを!?」
紅天狗 「なんだ、やっぱりそうか」
謎の男 「ゆ、誘導尋問とは卑怯だぞ!」
紅天狗 「うるせえ!
尋常に勝負しやがれ!」
ええい、こうなったら私の最も得意とする戦法だ! 『木の葉隠れの術』!
紅天狗 「くそ、どこに隠れやがった!
出てきやがれ!」
ふふ。そうやって明後日の方向を探しているがいい。不意を打って、お前に致命的な一撃を与えてやる。 闇から闇を渡り歩き、与えられた命を人知れず迅速に遂行する。それが忍びだ。 我々忍びは大半が生まれた時からその人生を決められている。各地に点在している忍びの里に、また城や町の中に本拠を置く忍び衆に生を受けた者は、仕えるべき主の役に立つために、ひたすら修行を積み重ねているのだ。もちろん、稀にそうでない者もいるがな。 その動きは風のように滑らかで、身を潜めれば空気のごとくに気配を消し、熟練した忍びであれば、いかに堅固な城塞でもたやすく潜入し、誰にも気付かれることなく任務を果たしてしまうのだ。 また、我々忍びは幼い頃より一切の感情を殺す訓練を受けている。たとえ『自分の親を殺せ』という命令でも、顔色一つ変えずに実行してしまうだろう。 忍びは普段、町人や武家を装って生活を営んでいることが多いが、一度主命が下れば本来の姿に戻り、その命令を忠実に実行する。主に下されるのは、偵察や暗殺といったものだ。忍びは、そういった仕事を行うための訓練を受けたエキスパートだからな。 先にも言ったが、忍びには忍びの里と呼ばれる集落や、忍び衆といった組織がある。有名なところでは、火音帝国北部で幅を利かせていた『八鬼部』などがあるな。 ほとんどの忍びはこうした組織に属しているものなのだが、時折その組織から抜け出す者がある。そういった連中は『抜け忍』と呼ばれ、死ぬまで追われる身となるのだ。まあ、何らかの理由でどこにも仕えていない忍びというのもいるらしいが、ごく稀なことだ。 そして、我々忍びを象徴するものとして、忍術の存在がある。これはほとんどが体術で、非常に厳しい修行を経て初めて体得できるのだ。先程、我が標的紅天狗に対して用いた『木の葉隠れの術』もその一つで、大量の木の葉をまき散らして相手の隙をつき、続いて『七節の術』で擬態を用いて姿をくらませる。こうして相手が気付く前にこちらから一撃を……。
紅天狗 「おい、そろそろ説明も終わったろう。斬っていいか?」
な、なな、なぜ私の居場所を!
紅天狗 「だってお前、大声で喋ってるんだもんよ」
ぬぬう、私としたことが不覚!
かくなる上は、撒き菱で相手の動きを阻害してやる! ふふふ、これで私に近付いて攻撃しようとしても、撒き菱が足に刺さって上手く動けないのだ。こうして自分の有利なように戦闘を進めて行くのも、忍びの腕の見せ所。
紅天狗 「はっはっは。そんなものが俺様に通用するか!
うりゃ〜!(遠くから火縄を撃ち始める)」
う、いて、いてててて! 火縄とは卑怯だぞ!
男なら正々堂々と接近戦をしろ! くそ〜、このままじゃやられてしまう。今日のところは見逃してやるぜ!
だが、次に会ったら容赦しないからな!(逃げていく)
紅天狗 「……何しに来たんだろうな」
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〈政治家〜戦場の賢人達〜〉
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黒天狗 「そろそろほとぼりも冷めたかな。どれ、紅天狗は……と(キョロキョロ)」
紅天狗 「(通行人を捕まえて)おい、そこの。この辺で一番いい女がいる店はどこだ?」
黒天狗 「……(まったくこいつは)こら、紅天狗」
紅天狗 「ん? なんだ、いたのかよ。どうだ、花町にでも」
黒天狗 「あんた、そんな経済的余裕があると思ってんの?
安い旅籠に宿を取るの!(耳を掴んで引っ張る)」
紅天狗 「いて、いててて! 何すんだよ、黒!」
黒天狗 「(手を放して)まあ、何の楽しみもないのは可哀相だからね。お銚子の一本くらいは付けてやるよ」
紅天狗 「よっ、さぁすが黒天狗! 太っ腹!」
黒天狗 「褒めても追加はしないよ」
紅天狗 「……」
黒天狗 「この店にしようか。ほら、店員の娘、けっこう可愛いよ」
紅天狗 「あ、本当だ。よし、ここにしようぜ」
黒天狗 「(単純な奴)あれ、結構混んでるな」
紅天狗 「仕方ねえ、相席か。……おう、ちょっとごめんよ」
客A 「ん?
何だ、ここは我々の席だぞ」
客B 「まあまあ、店も混んできたようですし、ここは……」
紅天狗 「おう、お前話が分かるな」
客A 「私にはこういう輩と酒を酌み交わす趣味はない(立ち上がり、不機嫌そうに店を出て行く)」
客B 「あ、お待ち下さい……(腰を上げる)」
紅天狗 「まあまあ、いいからいいから。ああいう頭の固い奴は放っておいて、俺たちで飲もうぜ」
客B 「し、しかし……」
紅天狗 「なんだ、あんた随分高い酒飲んでるんだな。さっきの奴の態度といい、ひょっとしてお前、お偉いさんか?」
客B 「いえ、そんなことは」
黒天狗 「でもさっきの人の着物に入ってたの、有名な老中の家紋だよね」
客B 「え、ええ、まあ(汗)」
紅天狗 「何だ、お前政治屋か!」
黒天狗 「それを言うなら政治家だろ」
紅天狗 「どっちでも同じだよ。……でも、政治家って一体どんな奴らなんだ?」
黒天狗 「そうだねえ。それは、こちらの方にご説明いただこうか」
は、はあ。では僣越ながら説明させていただきます、はい。 政治家というのはその名の通り、藩の中枢で政治に携わる職業の総称です。多くの者はその能力を買われて、藩をより発展させるために日夜努力をしているんですよ。 そうは言っても、政治家のほとんどは世襲制で、大半は親が仕えている藩に支え、財産や地位もそのまま受け継ぐようになります。よほどの失敗や背信行為がない限り、その地位は安泰というわけです。
紅天狗 「いいなあ、政治家は。平凡な奴でも、ヘマさえしなけりゃいいんだもんな」
黒天狗 「でも、彼らには彼らなりの苦労があるんだと思うよ。それで、具体的にはどんな仕事をしてるの?」
そうですねえ、藩の政治に関わることなら何でも我々政治家の仕事になるんですが、例えば藩のあちこちから集められた年貢の運用を考えるのも、大きな仕事の一つですね。兵糧を蓄えつつ効率のよい運用を考えるのは、大変ではありますがやりがいのある仕事です。特に戦や飢饉などが続くと、どうしても耕作がおろそかになり、民草が植えてしまいますからね。そうならないためにも、日頃から兵糧を蓄えておくのは重要なことなんですよ。
紅天狗 「で、そこから少しずつ自分の財を蓄えていくというわけだ」
え(ギクッ)!
いや、その、そんなことは(汗)。ほら、人によってはそういう方もいらっしゃるかも知れませんけど、私なんかは下っ端ですから。 あ、そうそう。それから政治家にとって大きな仕事は、そうした行政の他にもう一つあるんです。 平和な時代には縁のないことですが、我々の才は、戦争という場面でも発揮されるんですよ。我々は政治の勉強と共に、軍師としての腕を磨いているのが常ですから、いざ戦争という時には、兵糧を準備したり、計略を立てて相手を翻弄してみたりと、意外に仕事が多いんです。
黒天狗 「確かに、戦争で将のフォローをする軍師の役割は大きいよね。大将に余計な負担を掛けないために日々懸命に働いている軍師の苦労というのを少しは知ってもらいたいものだね、紅天狗」
紅天狗 「は?」
黒天狗 「……いいよ、もう。あ、そう言えば、政治家でも凄く有名な人がいたよね。何て言ったっけ?」
冬龍院夜鴇のことですね。火音帝国の北は丹玄にある名門、冬龍院家の初代ですよ。冬龍院家は長い歴史のある家で、非常に優秀な政治家を世に送り出していることで有名な私塾なんですが、その初代である夜鴇はまさに兵法の天才で、彼の記した計略書である『崇師伝』や兵法書の『覇道論』は有名ですよね。私も写本を手に入れるのにとても苦労したんです。政治家、軍師を志す者なら、一度は手にしてみたい書物なんですよ。
黒天狗 「僕も一度読んでみたいなあ。どうすれば手に入るの?」
ああ、よろしければ私のを差し上げますよ。ここで会ったのも何かの御縁ですし。
黒天狗 「え? でも、こんな高価な書物を……」
あの、その代わりと言っては何ですが、私が老中とここでお会いしていたことは、何卒ご内密に……。
黒天狗 「(ニヤリ)ああ、なるほどね。それじゃあ遠慮なく」
紅天狗 「おい、どういうことなんだ?」
黒天狗 「いいの、いいの。御飯も食べたし、そろそろ旅籠に帰ろうよ」
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〈火音帝国の城〉
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紅天狗 「ふわあ〜。あー、よく寝た」
黒天狗 「おはよう。せっかくだから、今日は町見物でもしようよ」
紅天狗 「あ、それじゃあ城見に行こうぜ、城!」
黒天狗 「あれ、お城になんか興味あったっけ?」
紅天狗 「そうじゃなくてさ。ちょっと耳貸せ(何事か耳打ちする)」
黒天狗 「えっ……それはまずい……けど、面白そうだね」
紅天狗 「だろぉ? よし、そうと決まれば出発だ!」
紅天狗 「へえ、城の中って結構広いんだな。どっちに行けばいいんだ?」
黒天狗 「しーっ! 人が来たよ」
武家 「(紅天狗を見て)おお、これは老中の。朝早くからご苦労様です」
紅天狗 「(偉そうに)うむ。そなたも大変よの。しっかり警護に励めよ」
武家 「はっ!」
黒天狗 「……行っちゃったね」
紅天狗 「(笑いを堪えて)いや〜、やっぱりお前の幻影符はいいなあ!
上手いこと、昨日の政治屋共に化けられたらしい」
黒天狗 「悪趣味な遊びだけどね。……でもこれ、どう考えても闇照道の悪用だよなあ」
紅天狗 「気にするなって。ところで、この先には何があるんだ?」
黒天狗 「このままやみくもに歩かれても困るからね。お城の構造について、少し講釈してあげよう」
いいかい、まずお城の象徴とも言えるのが、天守閣。これは、お城のど真ん中にある高い物見櫓のことさ。ただ、他の物見櫓と違って藩主や家老といった身分ある者しか上ることを許されないんだけどね。 で、その天守閣を支えているいわばお城の心臓部が、本丸。城主の居住スペースであり、また主要な役所の本部であり、藩の施政に最も大きな関わりを持つところなんだ。一般に高い石垣の上に築かれることが多いね。ちなみにこの石垣の中は蔵になっていて、兵糧が蓄えられていたりするんだよ。 次に重要であるとされているのが、二丸。ここは城主の近親者、親や妻子が住む場所で、他にも重要な役職にある家臣はここに部屋を与えられたりする。あとは、倉なんかが置かれていることも多い。二丸は実質的な城の防御の最終拠点で、ここを破られたら城が落ちるのは時間の問題なんだってさ。 その外側にあるのが、三丸。ここは二丸より内側を守るためのいわば外壁で、ここに城の表門である大手門があるんだよ。城の守備のためにも、家臣が多く配置されているのがこの三丸なんだ。敵襲に備えて物見櫓なんかもあるんだって。
紅天狗 「へえ。権力を誇示するために、単純に大きく作ってあるのかと思ったら、そういうわけじゃなかったんだな」
そうだね、そういう目的もあるとは思うけど。 でも、いつ隣の藩が攻め込んでくるとも限らないから、どこの藩も城の守りは常に万全のようだよ。籠城戦に備えて、壁に塩を塗り込めたりしている城もあるんだって。ちなみに大きな城なら必ず井戸が掘られているんだ。もっとも、ここに毒でも放り込まれたら大変なことになるけどね。
紅天狗 「ふ〜ん。城を守るっていうのも、結構大変なんだな」
黒天狗 「そうだね。……あ、紅天狗。向こうから人が」
紅天狗 「(胸をそらして歩く)あ〜、ご苦労、ご苦労」
老中 「……ぬぬう!? 貴様、なぜ私の姿を!」
黒天狗 「まずいよ、紅天狗。この人、昨日の老中だ!」
紅天狗 「な、なにい!? くそ、逃げるぞ!」
老中 「ええい、曲者じゃ! であえ〜!!」
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〈火音帝国の街並み〉
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紅天狗 「いやあ、びっくりしたな。まさか本物に出くわすとは」
黒天狗 「何だかどっと疲れちゃった。お茶でも飲みに行こうよ」
紅天狗 「お、茶屋がある。ここにするか」
黒天狗 「すみませ〜ん、抹茶と豆大福ひとつ。と、紅天狗は?」
紅天狗 「緑茶と醤油団子」
黒天狗 「を、お願いしま〜す。……ところで、火音帝国の街並みってちょっと変わってるよね」
紅天狗 「そうか?」
黒天狗 「だって、天守閣のあるお城や茶屋があると思えば、その向かい側には喫茶店やパブがあるだろ?」
紅天狗 「言われてみれば確かにそうだ。今まで気にしたこともなかったな」
黒天狗 「改めて、街並みを観察してみようか」
火音帝国には、本当に色々なお店があるよね。その代表的な例としては、僕たちが宿を取った旅籠とか、こういう茶屋なんかがある。江戸時代のお店をイメージするといいんじゃないかな?
紅天狗 「江戸時代???」
(無視して)ただ、火音帝国にはそういったお店の他にも、西方の文化を吸収した喫茶店やパブのようなお店もあって、街並み全体を見るなら、明治初期と言った方がイメージに合うかも知れない。
紅天狗 「め、明治初期???」
(さらに無視して)ちなみに喫茶店やパブは、板張りの床にテーブルと椅子、あとはカウンターなんかがあって、ノブのついた扉や、押し戸が多いようだね。西方の建築様式を真似たお洒落な造りになってるんだ。とはいえ、火音帝国には昔から西方との公式な交易は一切なかったから、いつからこういった文化が溢れ出したのか、明確には分からないんだけどね。 喫茶店ではコーヒーやパン、パブではビールやカクテルなんかが定番メニューで、客層はやっぱり若い人に集中してるね。年寄りには、新しい文化の良さが分からないんだよ。
紅天狗 「確かに西方のファッションも、若い奴しかやらないもんな」
そうだね。やっぱり、正装は着物ってことになってるから。若い人でも着物を着る人は多いし。身分が高くなればなるほど、着物を着る人の方が増えるかもね。もっとも、農民には西方風の服……洋服って呼ぶんだけど、そんなものを着るような余裕はないから、町人や、あまり権力と関わりのない武家なんかが、洋服を着ていることが多いんじゃないかな。
紅天狗 「俺様達も洋服を取り入れてるんだよな」
そうだね。で、完全に洋服を着る者、着物とコーディネイトしている者、そういった連中を総じて『かぶきもの』と呼んでいるんだ。若者の文化に対する呼称のようなもので、髪を染めていたり、とにかくおよそ普通とは言えないような恰好をしている連中が、『かぶきもの』と呼ばれるわけ。
紅天狗 「別に何か主義主張があってこんな恰好してるわけじゃないんだぜ。服装で何かを主張できるってものでもないしな」
黒天狗 「そうだね。まあ、火音帝国の街並みと文化の特徴は、こんなところかな。……あ、豆大福が来た。さ、食べようよ」
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〈情報伝達〉
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紅天狗 「うん、ここの醤油団子はなかなか旨いな。お茶がちょっと苦いのが難点だが。やっぱり、昔あいつらと飲んだ茶が一番旨かったな〜」
黒天狗 「まったく、過去は自分の名前と一緒に捨ててきたんでしょ?」
紅天狗 「いいじゃねえか、お茶の味くらい思い出したって。ケチケチすんなよ」
黒天狗 「別に僕がケチケチしてるわけじゃないだろ」
紅天狗 「何だと、俺様に喧嘩を……」
男 「ちょっと御免よ(二人の間にどかっと腰を下ろす)。お茶と三色団子、急いでな」
紅天狗 「おいおい、何だよ。急に割り込んできやがって……」
男 「(無視して)旦那方、この辺に伊勢屋って乾物屋があると思うんですが、ご存じないですかい?」
黒天狗 「さあ、僕たちもこの町は初めてだから」
男 「参ったなあ。ひょっとして潰れちまってるのかね」
黒天狗 「ところで、あなたは?」
男 「ああ、あっしは飛脚をやってる者で。南の方で、こちらの町の伊勢屋さんに文を届けるようにと言われやしてね。ところが肝心の伊勢屋が見つからない。もう、お手上げでさ」
紅天狗 「ところで、飛脚って何だ?」
黒天狗 「あんた、それも知らないの(呆)?
……申し訳ないですけど、お団子がくるまでの間、こいつに説明してやってくれます?」
男 「おう、お安い御用だ!」
飛脚ってえのは、手紙や品物、はては銭まで、持って走れるモンなら何でも配達しちまう奴らのことでさ。火音帝国にはお上が定める郵便制度なんてモンはありゃしねえから、あっしらに頼まなけりゃ、自分の足で行くしかねえってもんで。 でも、飛脚って商売は決して楽なモンじゃない。なんたって、信用第一ですからね。大切な手紙やら品物やらを他人に預けるとなりゃ、信頼のおける者に頼もうと思うのは、こりゃまた至極当然のことで。だから、本当に裸一貫、何もないところからおっ始めようって奴ぁ、その信頼を得るのがまず大変なんでさ。逆を言えば、一旦信頼を得ちまえばこっちのモンってことで。 それでもまあ、割の合わない仕事だとは思いやすがね。なんと言っても、道中何があるか分かったもんじゃない。荷物がなくなったり、壊れたりすりゃ、み〜んなあっしらの責任ですからね。注意深く迅速に配達するのが、あっしらの腕の見せ所でもあるんですが。 ところがこの便利な飛脚、命懸けということもあってどうしても料金が高くなっちまうもんで、あっしらを雇えるのはお武家や裕福な商人くらいのモンなんでさ。農民や町人なんかは、目的の方へ行く行商人に頼んだりしているようですぜ。とはいえ、やつらは商売のついでに届けるだけですから、あっしらと違って日数は掛かるし、本当に届くかどうか分かったもんじゃないっていうおまけまでついてくるんですがね。 ちなみにあっしらの親戚筋で、馬借ってのもいるんですが、こっちは馬を使って、例えば米俵とか、そういった大きなものを運ぶのに便利なんで。でもまあ、早さではあっしら飛脚の右に出るモンはいないですぜ。
紅天狗 「ふ〜ん。飛脚って結構有能なんだな」
男 「お褒め頂いて。もし何か文の御用などおありなら、いつでもあっしにお申付けを」
店員 「失礼します、ご注文のお茶とお団子です」
男 「お、こりゃどうも。ところでお嬢さん、伊勢屋って乾物屋はご存じで?」
店員 「ああ、伊勢屋さんならすぐ裏にありますよ」
男 「おお、こいつぁありがてえ! 助かりやしたぜ!(団子を口に詰め込んで去っていく)」
紅天狗 「……なんか、慌ただしい奴だったな」
店員 「あの〜」
黒天狗 「はい?」
店員 「今の方のお代、払っていただけます?」
紅天狗&黒天狗 「……」
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〈火音帝国の娯楽〉
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紅天狗 「まったく、あの野郎。今度見つけたら絶対に団子代払わせてやる」
黒天狗 「まあまあ。飛脚のこと教えてもらった授業料だと思えば」
紅天狗 「あ〜あ。気晴らしにどこか遊びに行こうぜ!」
黒天狗 「そうだねえ。祭りは昨日で終わっちゃったみたいだし……」
紅天狗 「そういえば、火音帝国の娯楽ってどんなのがあるんだ?」
黒天狗 「それじゃあ、有名なところをいくつか教えてあげよう」
大体どこの藩でも、ちょっとした町なら必ずあるのが芝居小屋。町人達からお偉方まで、意外と幅広く人気があるんだ。 そしてそれと同じくらい発展しているのが、賭博場。こっちは公認された娯楽ではないんだけど、よくガラの悪い連中がたむろしてるね。
紅天狗 「悪かったな、ガラが悪くて」
それに関してはフォローしてやらない。 続いて、少し高尚な遊びとしては囲碁や将棋。これは将の教養として、武家や政治家がたしなんでいることが多いね。優雅な遊びでは貝合わせなんかがある。これは綺麗な絵を描いた蛤で絵合わせをしていく、お姫様が好む遊びだよ。 それから、鷹狩りなんかも武士が好む娯楽の一つ。これは武芸を磨くという実益も兼ねているんだ。 代表的なところではこんな感じかな。
紅天狗 「一つ、忘れてないか?」
……ああ、そうね。 もう一つ、これは完全に大人の男に限定された娯楽なんだけど、遊郭はどこの藩にも見ることが出来る。この存在は割とおおっぴらに認められていて、公認される代わりに多額の上納金を藩に納めているのさ。 遊郭の造りはどこもにたようなもので、城郭で閉ざされて、女郎が外に出ることが出来ないようになっているんだ。彼女らはほとんどが多額の借金を抱える身で、食うに困って売り飛ばされた農民や町民の娘が多いらしい。運良くお金持ちに気に入られれば身請けしてもらえることもあるけど、大抵は郭に閉じ込められたまま、不自由な生活を送っているんだ。
紅天狗 「そうか、遊女も大変なんだな。これはやはり、少しでも生活が楽になるよう、奉仕を……」
黒天狗 「だから、そんな余裕はないって言ってるだろ!」
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〈教育制度〉
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紅天狗 「おい黒天狗、何であそこにガキ共が集まってるんだ?」
黒天狗 「ああ、あれは寺子屋だよ」
紅天狗 「寺子屋?」
黒天狗 「そうか、紅天狗は勉強は全部家で教わったんだもんな。知らなくても仕方ないか」
紅天狗 「なあ、寺子屋って何なんだよ?」
黒天狗 「紅天狗が眠くなるような話なんだけどな。まあいいか、軽く説明してあげるよ」
火音帝国には統一された教育制度というものが存在しないので、家庭教師を雇えるような裕福な身分の者以外は、読み書きや計算は『寺子屋』と呼ばれる私塾で学ぶことになる。私塾とは言っても町人や農民相手だから、本当に必要最低限の教育しか行ってくれないんだけど、その代わりに授業料はほとんど無料に近い。そんなわけで、火音帝国は意外と識字率が高いんだよ。 一方、同じ私塾でも高等教育を行うことを目的としているところもある。これは軍師や政治家としての勉強をするところで、有名なところでは丹玄の冬龍院家や、蕾弥の土門塾などがあるね。ここで兵法を学び卒業することは、一種のステイタスでもあるんだよ。 ちなみに書物は非常に高価なため、図書館のような施設はないんだ。一番蔵書があるのは、やはり城の中と有名な私塾だろうね。
紅天狗 「ZZZ」
黒天狗 「……やっぱりか。ほら、起きなよ!」
紅天狗 「ん、ああ。終わったか?」
黒天狗 「まったく、誰のために説明してやったと思ってるんだか」
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〈火音帝国の通貨〉
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紅天狗 「あ〜あ、町の中にも飽きちまったな。そろそろ、どこか行こうぜ」
黒天狗 「そうだね。じゃあ、この町ともおさらばしようか。……でもどこかで少し金を稼がないと、そろそろ路銀が乏しくなってきたな」
紅天狗 「ここまでほとんど野宿してきてるのに、何でそんなに金が掛かるんだ?」
黒天狗 「あんた、金銭感覚まで欠落してるのか(呆)。誰が浪費してると思ってるの?」
紅天狗 「俺様は浪費した覚えはない(胸を張る)」
黒天狗 「……少し、貨幣価値というものを学んでもらうとしようか」
火音帝国に流通しているのは『両』と呼ばれる銀製の貨幣で、1両はおよそ
500円に相当するんだ。でも、農民や町人の間で最も頻繁に取引されているのは『銭』と呼ばれる銅製の下級貨幣。これは1両の10分の1に相当する。1銭はおよそ50円に当たるね。 反対に、純金で出来た『大判』『小判』と呼ばれる高級貨幣もあって、大判は1枚で
500両、小判は1枚で
100両の価値があるんだよ。 ちなみに宿泊料金なんかは場所によってピンキリだけど、一般的な旅籠で素泊まり3両くらい。食事は一回1〜2両くらいが標準だと思うよ。まあ、これはあくまで旅先での話だけどね。 普通の着物に比べて洋服はやや高く、茶屋より喫茶店の方が売価は高い。山間部で新鮮な魚介類は手に入らないし、農村で嗜好品は購入出来ない。その辺は、常識と照らし合わせて考えればいいんじゃないかな。
紅天狗 「ふ〜ん。今まで気にも留めなかったけど、金って意外と掛かるものなんだな」
黒天狗 「ようやく僕の苦労を少しは分かってくれたようだね」
紅天狗 「でもまあ、今更そんなことを俺様が気にしたところで、大して変わりはないからな。路銀のやりくりは黒天狗、お前に任せたぜ」
黒天狗 「……えっ……」
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〈関所と手形〉
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紅天狗 「町を離れてから随分経つけど、今はどの辺りなんだろうな?」
黒天狗 「ほら、あそこに関所がある。ってことは、隣の藩との国境だな」
紅天狗 「そうか。ところで、どうして関所なんてものがあるんだ?」
黒天狗 「では関所の役割から教えてあげようね」
火音帝国には街道と呼ばれる大きな道があるんだけど、これは藩同士を繋ぐ主要な道で、多くの人々が利用しているんだ。関所はその街道上の要所や国境に設けられた門で、そこを通る者を厳しく取り締まるためにあるんだよ。最も取り調べが厳しいのは、やはり藩と藩との間にある関所だろうね。
紅天狗 「関所は自由に通り抜けられないのか?」
関所を通るためには、身分証明書となる『手形』を見せなくちゃいけないんだ。紅天狗も一応持ってるだろ、昔の名前で。
紅天狗 「ああ、役所で発行された『通行手形』だな」
そう。藩の役所で発行される手形で、5〜10銭の費用と簡単な申込書を提出すればすぐに入手できる。とはいえ、自分が住んでいる藩でしか発行してもらえないけどね。
紅天狗 「あれ?
でも、お前が持ってる手形って、俺のとは少し違うよな?」
ふふ。実はね、手形というのは5種類あるんだよ。一つは紅天狗が持っている『通行手形』。この他に、『藩行手形』『祭行手形』『聖行手形』『天行手形』と呼ばれる手形があるんだ。
紅天狗 「通行手形とはどう違うんだ?」
発行する場所や、持つことの出来る人が限られているのさ。 まずは『藩行手形』。これは藩が発行するもので、藩主、家老、老中といったお偉方が持っているんだよ。その藩の中にある関所や、友好国の関所であればほぼフリーパスなのさ。 続いて、闇照道で発行する『祭行手形』。これはほとんど発行されることがないんだけど、身分証明が必要な者や、修行に出て行く者のために、ごく稀〜に祭主が発行するんだよ。僕が持ってるのは、この祭行手形なんだ。滅多に見られないレアものだよ。 『聖行手形』は自創教の本山である白羅山で発行されるんだ。これは自創教の布教に努める修行僧などに与えられるものなんだよ。ちなみに高名な和尚のいるお寺でも、略式の手形を発行してもらえるらしい。 そして最後の『天行手形』。これは天帝が発行するものなんだ。他の手形は藩の事情などで関所を通行出来なくなる場合があるけど、この『天行手形』だけは、いかなる理由があっても通行を妨げられることがないんだよ。 それからね、住まいを持たない白拍子などの旅芸人には、手形がないんだって。
紅天狗 「どうしてだ?
あっちこっち旅するのに、手形がいらないなんて」
そういう芸で身を立てている人達はね、その芸が手形の代わりになっているんだよ。彼らの芸が、関所に勤める役人の楽しみの一つになっていることも確かだね。もっとも、そういった旅芸人に身をやつしてスパイ行為を働く者も結構多いらしいけど。
紅天狗 「なんでそんな面倒なことするんだ? 関所なんか、役人ぶん殴って通っちまえばいいじゃねえか」
そうもいかないんだよ。身分を偽ったり、暴力で関所を押し通ろうとした者や、関所を通らずに抜け道を使って関所を越えようとする人は、関所破りという罪に問われるんだ。これは殺人などに匹敵する重罪とされていて、打ち首やさらし首になったりするんだよ。
紅天狗 「……聞いておいて良かったぜ」
黒天狗 「あんた、関所破るつもりだったの?」
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〈戦争〜戦場のしきたり〜〉
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紅天狗 「ん? 向こうの方が随分と騒がしいな」
黒天狗 「そうだねえ……。あれ、ひょっとして向こうの平原で戦をしてるんじゃないか?」
紅天狗 「なにい!? 俺様の出番か! いくぞ、黒天狗!(駆け出す)」
黒天狗 「え、ちょ、ちょっと待ってよ!」
まったく、紅天狗はすぐああだもんな。戦にも一応手順ってものがあるんだぞ。 戦の手順というのは、簡単に言うと『出陣→布陣→合戦』の流れのこと。これをさらにいくつかの手順に分けることが出来るんだよ。
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出陣
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まず、出陣の日時を知らせる『陣ぶれ』。出陣までに日数がある場合は書面にして出陣を要請したりするんだけど、急を要する場合は太鼓や法螺貝、狼煙などで緊急招集をするんだよ。 続いて、出陣前の儀式。これは闇照道の者が中心になって執り行うことが多いんだけど、かなり形式的な儀式だね。戦勝祈願を目的としているんだ。 そして出撃。行軍は一般的に、先陣、大将のいる本陣、後陣、そして兵糧などを運ぶ小荷駄隊の順番で行われる。軍の規模が多きい時は、各陣をさらにいくつかの隊に分けるんだよ。
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布陣
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戦場に到着したら、いよいよ布陣だ。陣形にはいくつか基本的なものがあるんだけど、それを将が戦場の天候や時間、様々な状況に応じて変化させるんだ。例えば向かい風に向かって弓を使っても、目標には当たりにくいだろ?
森の側に布陣すれば、伏兵に虚を突かれてしまうかも知れない。そういうことを考えながら、慎重に布陣する場所を決めなきゃいけないんだ。これが戦の勝敗を決める重要なポイントでもあるんだよ。 布陣を終えたら、敵の様子を伺いながら軍議を開く。ここで、どうやって敵を攻めるか決めるんだ。戦い方の最終的な決定権はもちろん総大将にあり、普通は総大将を中心に、武将達と軍師の献策を討議して、実際の戦い方を決定するんだよ。
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合戦
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さあ、いよいよ合戦だ。ここでは、敵とぶつかりあう時の簡単な戦闘隊形を説明しよう。 軍の一番先頭にいて、奇襲攻撃でも食らわない限りは一番最初に敵とぶつかり合うのが、先鋒。基本的には、先頭に弓隊や火縄隊、その後ろに槍隊が控えて、さらにその後ろには騎馬隊、という形が多いそうだ。確かにこの戦でもそういう隊列を組んでいるな。 そして後方警備に当たっているのが予備隊。でもこれは撤退の時の殿とは違って、戦の状況に応じて戦線に投入される遊軍なんだ。通常、この予備隊には全軍のおよそ4分の1の兵力が当てられることが多いそうだよ。 そして本陣にいる大将は、戦況を見ながら戦い方を検討していくのさ。 ちなみに、一番最初に敵陣に切り込んで行った者を『一番槍』と呼んでその勇気を称えるんだ。この『一番槍』が敵陣に切り込んで初めて合戦の口火が切られると言っても過言ではないんだよ。もっとも、相手も槍を構えているところに突っ込んでいくわけだから、生還率はかなり低いらしいんだけどね。
紅天狗 「うおりゃああ!
死にたい奴はかかってきやがれ!」
……またやってるよ。あいつの場合は一番槍って言うより特攻一番機だな。 確かに、戦において軍同士のぶつかりあいというのは重要だけど、戦の花は何もそれだけじゃない。 ここでも、軍師は華々しく活躍するのさ。
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計略
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計略として主なものを以下に挙げてみよう。 まずは『伏兵』。これは奇襲作戦の一種で、本隊とは別のところに兵を隠しておいて、機を見て戦線に投入する方法だ。 『火計』は森や草むらなどを利用して、大量の火で敵の戦力に大打撃を与える方法。風向きなんかに左右されることが多いけど、成功すれば大きな効果を挙げられるよ。敵の兵糧を焼き払ったりすることもあるけど、その場合は敵の兵糧を奪うことが出来ないから、そうした面でも注意が必要だね。 続いて、河川や湖沼などを氾濫させて敵を混乱させる『水計』。これは水の大量にある場所でないと行えないから、使いどころはかなり限定されてしまうんだけど、功を奏すれば敵の戦力を無力化させてしまうことが出来る。非常に派手な計略の一つだね。 それから、長期戦や籠城で有効な『流言飛語』。もっともらしいデタラメな噂を流して敵をおびき出したり、油断を誘ったりするんだ。地味ではあるけど、意外と大きな効果をもたらしてくれるんだよ。 そして『罠』。森の中やある程度草丈のある草原で、足を取られるような罠を張ったり、落とし穴を掘ったりと、かなり使いどころの多いものだ。これに関しては、罠のプロフェッショナルである忍びが中心になって行うことも多い。 それから、戦ったり、計略を敷いたりするためには敵の詳しい情報が必要不可欠だ。そのため、戦場では忍びは敵の陣営に忍び込んで情報を得てきたりと、普段以上に忙しくなるらしいよ。
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戦後処理
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そうして合戦が終われば、次は戦後処理だ。戦に勝った場合は、まず勝鬨を上げる。これがすなわち戦の終わりを示すものでもあるんだ。 で、討ち取った敵の首を並べての首実検。どの敵将を誰が討ち取ったのかを確認するんだね。これは後の論功行賞にも影響するから、間違いのないように注意が必要。 そして、敵兵を吸収したり残党処理をした後は、捕らえた敵将の扱いを決める。大抵はその場で打ち首になったり、捕虜として本国に送られたりするんだけど、稀に敵将を自軍の幕閣に迎え入れる場合がある。これを登用と言うんだ。まあ、大将によっては敵対する者こそ好んで登用したりするようだけど、普通は敗戦=将の死と考えていいと思うよ。 問題は、戦に負けた場合だ。 どんなに強い軍でも、敗色が濃くなれば退却せざるを得ない。でも敵だって簡単に逃がしてはくれない。実は、退却は軍事行動の中で最も困難なものだと言われているんだよ。殿の軍は特に、全滅の危険性が大きいしね。だから、勝ち戦よりも負け戦の方こそ、総大将の力量が試されるといっても過言ではないんだ。 それでも敵の勢いが勝り、まさに万策尽きた場合、大将にはいくつかの選択肢がある。でも何をどう選ぶにしても、その最後にあるのがいずれも『死』であることに変わりはないんだ。 一つは、敵わぬことを知りつつも敵陣に切り込んでいく、討死。そして敵に首級を上げられることを良しとしない、自決。ここで大将だけが逃げ延びたとしても、そいつはもう二度と軍を率いることも出来ず、一生後ろ指を指され続けることになるだろうから、結局は武士として死んだも同じ。もう一つ、敵に投降するっていうのもあるけど、この場合もそのまま殺されることが多いんだ。 武士って連中は、変に名誉にこだわったりするから、余計に死に急ぐようなところがある。少しは紅天狗を見習った方がいいと思うね。あのゴキブリ並みの生命力は、尊敬に値する……。
紅天狗 「誰がゴキブリだって?」
黒天狗 「あっ! ……あの〜、戦の方は?」
紅天狗 「へん、俺様が参加して勝てねえわけねえだろ。一騎駆けして二、三十人も首を撥ねてやったぜ」
黒天狗 「そ、そりゃ凄いや。ごくろ〜さま〜」
紅天狗 「はっはっは。もっと褒めろ」
黒天狗 「(単純なところもゴキブリ系か)」
紅天狗 「……何か言ったか?」
黒天狗 「い、いや、別に!」
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〈妖怪〜夜の住人達〜〉
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紅天狗 「あ〜あ、今日は疲れたな。日も暮れてきたし、この辺りで野営するか」
黒天狗 「そうだね。でも、ここはちょっとマズいんじゃないの?」
紅天狗 「へ? 何でだ?」
黒天狗 「だってほら、あそこにいかにも『何かいます』って感じの古寺が……」
紅天狗 「う〜ん、確かに何かいそうだな。どれ、そいつを追い出してあそこに泊まるとするか」
黒天狗 「(こいつ、神経が丸太並だな)仕方ない、ここは闇照道の本領を発揮してあげようじゃないか」
紅天狗 「おう、見せてもらおうじゃねえか」
黒天狗 「(ゴソゴソ)えーと、妖怪絵巻、妖怪絵巻……。最近読んでないからカビ生えてるかも」
紅天狗 「闇照道の本領、ね」
魑魅魍魎、化生、あやかし、様々な呼称があるけど、それら人外のものを総じて妖怪と呼ぶんだ。その容姿は千差万別で、獣のような姿のもの、人間と大差ないもの、一定の形をとどめないものと、枚挙にいとまがない。ただ、全く異なる姿をしたその妖怪共の唯一の共通点は、残忍で獰猛な本質と、狂おしいほどに渦巻く怨念。それら負の力の結晶が、妖怪そのものなのかも知れない。 妖怪は、火音帝国建国時には既に存在していたと言われているんだ。妖怪は一様に老いることはなく、寿命による死もない。彼らの存在を消し去るには、力で封滅するしかないんだよ。 そして驚くことに、稀に人が妖怪に変化してしまうこともあるんだ。何が彼らの心を駆り立て、人ならざるものへと変えてしまうのか、それは分からない。でも一度妖怪になってしまった者は、もう二度と人に戻ることは出来ないんだよ。そういう変化を遂げてしまったら、早い内に命を絶ってやることが優しさだと思う。中には、自らを妖怪に変えてしまったほどの激情すら、忘れてしまうものもいるんだから。 ところで、妖怪は火音帝国の至る所に存在し、時には街道に現れたりもするので、行商人や旅人は安全に休めないんだよね。だから街道沿いには寝泊まり出来るような簡素な小屋がところどころに建っていたりするんだ。もっとも、それは交易が盛んな街道に限定されるんだけどね。例えば戦争などでその街道が商用に使われない場合は、そういう小屋も整備されずに放置されていることが多い。そんな時は野宿したり、使われていない古寺に宿を借りたりするんだよ。 まあ、夜を徹しての旅でもない限り、普通の旅人が妖怪に会うことなんかないけどね。
紅天狗 「……おい、黒」
黒天狗 「あ、妖怪退治してくれたんだ。ご苦労さま〜」
紅天狗 「な〜にが闇照道の本領を発揮だ。結局俺様一人で退治したじゃねえか」
黒天狗 「さぁすが紅天狗。僕のサポートなんかいらなかったね」
紅天狗 「黒・天・狗〜(怒)!!」
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剣戟の音が蒼穹にこだまする。名もなき兵士達の屍が、四方で山を成す。 おびただしい地の川を踏み締めて、二人の武者は鍔元を削り合った。数えきれぬほどの兵士を切り捨てた刃が、傾きかけた陽を浴びて鈍く光る。夕闇の忍び寄る戦場で、二人の武人は互いの度量を認め、その腕前に感嘆した。 「お主、なかなかやるな!」 家紋入りの豪奢な甲冑に身を包んだ武者が、唇の端に笑みを浮かべて叫ぶ。広い戦場の中でこれほどの好敵手に出会える機会など滅多にあるものではない。 彼は非常に有能な武将であり、優秀な武人であった。また義に厚く、正々堂々と立ち向かうことを美徳としていた。まったく見事な武士であり、彼ほどの人材は国中を探してもなかなか見つかるものではないだろう。 しかし、彼はどこまでも行儀のいい剣士であった。 戦いながら、彼は相手が刀を片手で扱い始めたことに気付きもしなかった。 それが、彼の敗因となる。 彼の両腕に握られた打刀と、敵の右手にある大剣が、再び火花を散らした。互いの力が拮抗し、再び動きを止める。 その刹那。 自由になった敵の左手は、目にも止まらぬ早さで懐へと動き、そこから黒光りするものが素早く引き抜かれた。 鍔競り合いの間合いから、銃声が響く。 その音に反応できただけでも褒めてやらねばなるまい。しかし反応できたからといって、胸に撃ち込まれた弾丸をなかったことに出来るわけではない。 続け様に三発の銃弾を受けて、彼はゆっくりと乗馬の鞍から滑り落ちていった。 「おのれ……卑怯……」 「戦況を見てねえお前が悪いんだ」 少年と呼んでもおかしくないほどの若々しい声が、彼の頭上から降り注ぐ。しかし、それ以上の言葉を聞くことは叶わなかった。失われていく意識の中で、首への強烈な痛みだけが、この世で感じた最後の感触となってしまったのだから。 「敵将は討ち取ったり!
てめえら、さっさと降伏しやがれ!」 将の首を放り投げられて、兵士達はすっかり戦意を喪失してしまう。槍や刀を地面に落として、散り散りに逃げ始める。敵将の死によって勢いづいた軍は、ここぞとばかりに逃げ惑う敵兵に槍を突き立てた。 「俺の仕事は終わりだな」 誰にともなく、呟く。それに答えて、何もない空間から声が返って来た。 「そろそろ帰るとしようか」 「いつも通り頼んだぜ、黒天狗」 右手に大剣、左手に火縄を携えて、紅いカラス天狗の面を被った男はそう告げると、豪快な笑い声を挙げた。 戦場にいた全ての生者が彼に注目したかも知れない。残党処理に熱中していた兵士達も、彼から目が離せないようだった。 そして彼らの口から、一様の呟きが漏れた。 「紅天狗……」 次の瞬間。 確かにそこに存在していた体は、突如現れた桜の花吹雪に覆われ、それが収まった時には既に、彼の姿は忽然と消えていたのだ。 力強い笑い声だけが、戦場にこだました。
砂埃を舞い上げながら、気ままな主をのせた馬は必死に駆けた。 手綱を緩めぬままに、馬上の主は傍らを駆ける相棒に声を掛ける。 「うまくいったな、黒天狗」 「まあ、当然だろう。……でも、さっきの相手はなかなかの使い手だったようだね」 軽く頷いて、紅天狗は素っ気なく答えた。 「俺様の敵じゃなかったけどな」 いつもと変わらぬ答えにほほ笑みを返して、黒天狗は真っ直ぐに行く手を見据えた。 この道の先に何が待っているのかは分からない。だが今は、信じるままに駆け抜けるだけだ。 ただ一人、大切な人の傍らで。 馬蹄の音が、戦場から遠ざかってゆく。 少しずつ、少しずつ。
この少年達の物語は、後に語られる長き戦乱の、ほんの一端を担うに過ぎない。 双龍戦争と、人は呼んだ。 火音帝国の覇権を巡り、人々の見果てぬ夢を抱いて、龍達は天上に立つただ一人を決する。 過酷な運命を手繰り寄せながら。
そして今、果てなき歴史に名を刻む物語が、始まる。
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